湖北地域の巨木老木信仰「野神」

湖北地域の巨木老木信仰「野神さん」  ~「野神信仰」 カミとヒトが共生する風景~  山本 一男 (近江アースダイバー)
湖北地域の巨木老木信仰「野神さん」
晩秋のある日、たまたまウォーキングイベントで木之本~高月の湖北を歩くことになった。そこで出会ったのが各集落ごとにそびる数々の巨木・老木である。その姿を見た私は心が高鳴った(揺さぶられた)。  「何だこれは?」「集落ごとにあるぞ!」「何かの信仰か?」「私の住む町にはない!」「この木には何かあるぞ!」と次々に思いが巡り、そのそばには「野大神」「野神(のがみ)」という石碑や標識が立っていた。  まったく知識のない「野神」という得体の知れぬ存在に遭遇した私は、この底知れぬ秘密に埋もれた巨木・老木に心を奪われ、吸い
はじめに
一ノ宮の野神
一ノ宮の野神
・滋賀県の湖北に多く存在 ・水田や村の入口、村のはずれなどの巨木を信仰 ・野原に位置して集落や野原の作物を見守るカミ ・水の守りカミ「水の神」と関わる。 ・「聖なる力」によって集落や水田に秩序をもたらす。 ・農耕社会に生きる人々による古く長い信仰 ・農業と深い関わりのある「農の神」と認識
湖北の野神(のがみ)
(高月町内の分類) 1,樹木・・・16集落(洞戸、持寺、尾山、雨森・保延寺、高野、柏原、渡岸寺、柳野中、重則・松尾、西野、東高田、唐川、西物部、磯野。ただし雨森・保延寺と重則・松尾は2集落の共有) 2,塚・・・6集落 (井口、馬上、森本、高月、布施、横山) 3,石碑・・・4集落 (熊野、東阿閉、西阿閉、東物部) 4,祠・・・1集落 (西柳野) 5,自然石・・・1集落 (落川) 6,野神なし・・・4集落 (新井口、東柳野、宇根、片山) 野神の多くは樹木を依り代とする所が多い。
野神の種類
(高月町内の分類) 1,スギ・・・9集落 2,ケヤキ・・・5集落 3,サクラ・・・1集落 4,サカキ・・・1集落 ※唐川の大スギは近年の台風により倒木。高月町の集落を水田地帯から見ると、家並みから野神の巨木が頭を突き出すように見える。滋賀県内の農村部に見えられる鎮守の森とは違った景観を形成している。
野神の樹種
(高月町内の分類) ・塚・・・枯れた樹木の古株が残ることろもある ・石碑・・・大半が土地改良事業による区画整理で、以前は樹木の野神をまつっていた。 ・祠、自然石・・・祠や自然石については、由来は不明である。 ・野神なし・・・神社内で野神祭が行われていたり、新興住宅地であったり、以前は野神の塚が存在したが、今は工業用地となっていたりする。 樹木でない所も、以前は樹木を野神としてまつっていたようだ。
その他の依り代
・「高月」という地名は、ケヤキ(槻)に由来。古くは「高槻」であった。 ・大江匡房(おおえのまさふさ)が月見の名所と歌を詠んだことから「槻」の字を「月」に改めた。 ・「近江なる 高月川の 底清し のどけき御代の 影ぞ映れり」 「秋といえば 光をそえし 高月の 川瀬の浪も 清く澄むなり」(夫木和歌集所収)。 ・高月駅の近くには延喜式内社の神高槻神社(かみたかつきじんじゃ)があり、社伝は上代からの槻信仰、樹木を産土神とした事を物語る。
野神の聖地・高月
・湖北地域で行われる野神祭りは、八月十六日、十七日に行われることが多い。 ・米の収穫を前にした予祝とみることが出来るが、一様な伝承習俗ではないらしい。 ・湖北地方では、稲の害虫を追い払う火祭りである「虫送り」や、「雨乞い」やその返礼のための「太鼓踊り」、「子供相撲の奉納」、蛇やムカデの描かれた絵札の奉納などを野神祭の中で行う(以前は行われていた地域もあり)野神祭の内容は多様である。 ・牛神・地神などと呼ばれるもののなかには、祭祀形態や行事内容の点で野神に類似したものがある。
野神祭について
・縄文時代の人たちは、自然と共に生きているうちに、森羅万象や万物には生命や精霊が宿ると考え、すべてに「カミ」を感じ、畏敬の念をもって崇めたり、祭ったり、祈ったりすることを始めた。 ・山や森、火や水に神聖さを感じるなど、自然からもたらされる恵みを大切にして感謝した。 ・死者についても手厚く葬って、その魂は山に帰ると考えたりするなど、その後の日本人の精神生活の多くが、この縄文時代に形づくられたといっていい。 ・こうした縄文人たちによって育まれた精神文化が、そのまま水田稲作農耕が始まる弥生時代へ受け継がれていく
自然信仰について1
・先人たちが森林文化として樹木信仰として、あるいは山川草木を命の霊性として疎かにしなかった。 太古から人は、農作物がうまく育つこと(豊作)を、魚がたくさん獲れること(豊漁)を、子供が元気に産まれ育つこと(子孫繁栄)を、自然の中の「カミ」へ祈ってきた。 ・滋賀県湖北地域には、そうした太古からの信仰の源流ともいえる「自然信仰」がみられ、今も伝えられている。 ・現在、私たちが神社・寺院に参る信仰は、6世紀に我が国に仏教が伝わってからカタチづくられたもの。それ以前は、ほとんどが自然信仰に関わるものである。
自然信仰について2
野神の樹木分布図
野神の樹木分布図
所在地:長浜市木之本町黒田 樹種:アカガシ 野神祭:8月17日 指定:自然記念物 特徴:滋賀県自然記念物。「新・日本名木百選」に選定。本多清六編「大日本老樹名木誌(1913年)には、「古来之ヲ野神ト称シ尊崇ス」と記述。
黒田の野神
所在地:長浜市高月町松尾・重則 樹種:スギ 野神祭:8月17日 指定:保存樹 特徴:集落はずれの山裾に位置した巨木。野神祭は朝5時から周囲の草刈りをし、お神酒を捧げるささやかな祭が行われる。
松尾・重則の野神
所在地:長浜市高月町西物部 樹種:ケヤキ 野神祭:8月20日 指定:なし 特徴:集落のはずれにある水田の中、すこし盛り上がったところにある。野神は水田のなかあって夏の休憩の場になり、集落からもよく見える位置にある。「野大神」の標柱が立つ。
西物部の野神
所在地:長浜市高月町高月 樹種:ムク 野神祭:8月17日 指定:保存樹 特徴:こんもりと土を盛った塚の中にムクの木がある。野神祭では、前田俊蔵が雨乞いをした「夜叉ヶ池」に行って水を汲み、野神塚に供える。
高月の野神
所在地:長浜市高月町高野  樹種:スギ  野神祭:8月17日に近い日曜日  指定:なし 特徴:水田と集落の境界に位置して「野大神」と刻まれた石碑がある。野神祭では、「ゴマワリ(郷廻り)」と呼ばれる、太鼓と鉦を打ち鳴らしながら、長さ約2mの松明を3人がかりで担いで集落の境界約2kを歩く行事を行う。
高野の野神
所在地:長浜市高月雨森・保延寺  樹種:ケヤキ  野神祭:8月18日に近い日曜日  指定:なし  特徴:以前は、高時川東岸、富長橋近くの河原(通称「野神瀬」)に位置していたが、川の浸食により堤防が東に移動していったため、両集落の境界近くにあった現在のケヤキを野神とした。
雨森・保延寺の野神
所在地:長浜市高月町渡岸寺  樹種:ケヤキ  野神祭:8月16日  指定:保存樹  特徴:向源寺(渡岸寺観音堂)の南、天神社の入口にある用水路の分水点に位置する。現在は、野神祭と納涼祭を同時に行うようになった。樹齢(推定)300年 幹回3.2m 樹高10m
渡岸寺の野神
所在地:長浜市高月町柏原  樹種:ケヤキ  野神祭:8月16日  指定:自然記念物  特徴:高時川に近い八幡神社の入口に位置する。大正時代までは高時川が氾濫して堤防が危ないと神木の枝を切って堤防を守ったという。神木には枝を切った後、出てきたこぶが多いという。樹齢(推定)300年 幹回8.4m 樹高22m
柏原の野神
所在地:長浜市高月町持寺・尾山  樹種:スギ  野神祭:8月16日  指定:なし  特徴:尾山の東山麓に位置する。持寺と尾山、二つの集落が祀る。高時川の分水の用水「上水井(こうずいゆ)」の横で集落を見下ろすところに位置している。
持寺・尾山の野神
・「地霊の復権」(岩波書店)の野本寛一氏で著書でこう述べる。「人が農耕を営むためには、野・原野を開拓しなければならない。原野には、地霊が坐し、様々な生き物が生きていた。人は開拓の過程で、野神の領(うしは/支配する)く様々な諸物・諸霊と確執・葛藤をくり返し、拮抗し、時にはそれらを抑圧してきたのであった。(中略)これらの害毒生物は、開発の鍬・鋤・鎌などの犠牲になった生き物の象徴だと見ることもできるはずだ。居住と農の安全・遂行を確保するためには、犠牲になった生き物の霊や、抑圧された地霊を祀り鎮めなければならない
野神信仰の本質
・この湖北地域で、古代からの信仰として、今も生き続き、地元の人たちの生活の中に息づいている「山の神」「野の神」「田の神」などの自然信仰の行事は、全国的にみても、「神への信仰」の源流を濃厚に残している大変貴重な民俗文化である。  ・湖北地域のそれぞれの地域で、古くから先人たちの生活感覚の象徴である神の木「野神」は、これからも誇りをもって伝えていくべきである。  ・自然は「壊す」ことは容易いことだが、長く「生かす」ことは非常にむずかしい。そして、カミとヒトの共生する風景(自然と人間社会の共存する風土)の継承は
おわりに
地域文化学科43期生 山本 一男(近江アースダイバー)
ありがとうございました。

湖北地域の野神

一ノ宮の野神

松尾・重則の野神

西物部の野神


雨森・保延寺の野神


渡岸寺の野神

持寺・尾山の野神